鈴木徳昭(サッカー)のwiki風プロフ!ドーハの悲劇で通訳をした理由は?【あいつ今何してる】

こんにちは。yuzukiです。

あいつ今何してる?に石原良純さんが同級生について語るそうなのですが、その方は鈴木徳昭さんであるということがわかりました。

どのような方なのか?ドーハの悲劇にて監督の通訳をしていたそうなのですが、ドーハの悲劇って?通訳に抜擢された理由は?と、気になったので調べてみることにしました。

今回は、鈴木徳昭さんの気になる!を紹介させていただきますね!

気になった皆さん、これから一緒に確認していきましょう。

鈴木徳昭さんのプロフィール

出典 https://www.zakzak.co.jp/sports/etc_sports/news/20121116/spo1211160712003-n1.htm

鈴木徳昭

(すずき とくあき)

生年月日 1961年12月3日

経歴

鈴木徳昭さんは、石原良純さんと同級生ということで、慶応義塾大学のご出身です。

1984年、大学卒業後に日産自動車株式会社に入社

サッカー部の運営を担当。(1993年10月まで)

日本サッカー協会(2008年12月まで)に在籍し、ドーハの悲劇で当時監督だったハンス・オフト監督の通訳として活躍。

国際サッカー連盟(FIFA)に派遣され、2002年の日韓ワールドカップ開催にエネルギーを注ぎました。

2006年にアジアサッカー連盟に派遣

現在では、東京招致委員会の戦略広報部長として就任し、2020年の東京オリンピック招致に携わりました。

サッカーの選手ではなく、裏方で盛り上げる役のお仕事をしていたのですね。

しかも、東京オリンピックの招致にも携わっていただなんて!!驚きですよね。

それだけ、鈴木徳昭さんはサッカーはもちろん、スポーツ競技におけて欠かせない方なのでしょう。

ドーハの悲劇とは?

さて、ドーハの悲劇でオフト監督の通訳をしていた鈴木徳昭さん。

ドーハの悲劇って何だっけ?と思う方もいらっしゃるかもしれませんのでドーハの悲劇とは一体何か?詳しく調べてみることにしました。

1994年に開催されたアメリカワールドカップのアジア予選にて、最終戦はカタールの首都であるドーハのスタジオで開催されました。

そこで、イラクと対戦し2-2の同点となり予選敗退してしまったのです。

予選の対戦相手は、サウジアラビア・韓国・イラク・北朝鮮・イランで、前半はサウジアラビア戦で0-0の引き分け・イラン戦で1-2で負けていて最下位でした。

しかし、北朝鮮では3-0に勝利!韓国も1-0と勝利し、最下位から首位に立つことができたのです。

そして最終戦のイラク戦で2-2と同点となり、4選まで2位だったサウジアラビアと3位だった韓国が勝利し、日本は予選敗退となってしまいました。

(最終戦は1位がサウジアラビア、2位が韓国、3位が日本。得失点差で韓国が2位となりました。)

それがドーハの悲劇と呼ばれるものです。

現在の日本では考えられませんよね。

前半は負けていたものの巻き返し、ワールドカップ初出場まですぐそこ!

しかし、まさかの順位落ちで予選敗退。そのことが悲劇だったのですね。

当時は日本国民や選手たちはとても悔しい思いをしたのでしょうね。

なぜ通訳に抜擢された?

そのドーハの悲劇で通訳をしていた鈴木徳昭さん。

なぜ通訳をに抜擢されたのでしょうか。

調べたところによると、語学力が長けていたことにより日本サッカー協会の目に留まり抜擢されたそうです。

サッカーについて詳しい方でもあることもポイントでしょうね。

しかも、語学は大学やどこかで学んだわけではなく、独学!!

さすが頭の良い方ですし、努力家なのでしょう。

鈴木徳昭さんがあいつ今何してる?に出演いたします!!

そんな、鈴木徳昭さんがあいつ今何してる?に出演いたします!

石原良純さんとのエピソードを何か語るのでしょうか?

気になります!!

まとめ

今回は、鈴木徳昭さんの気になる情報でした。

これからも、サッカーや東京オリンピックの盛り上がりに活躍していくのでしょう。

楽しみにしていたいですね。

スポンサーリンク







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする